2017年11月07日

父の死


私は中学生の頃に父を病気で亡くしております。
父は50歳で、癌でした。

突然ですが、
これを聞いてどう思われますでしょうか

「かわいそう」
と思われるのでしょうか。

e72f7c66d8bc12b9608f6e573b2e3fe0_s.jpg

当時中学生だった私は
親の死を受け入れるには幼すぎました。

また、父という人間と向き合うにも
幼すぎたように思います。

父は無口な人でしたので
こわいと思っていました。

反抗期も重なり、
父とケンカしたまま入院してしまったこともあり、
私はほとんどお見舞いにも行きませんでした。

ある日、学校の授業が終わり
友人と部活に行こうとしていた時
担任の先生が私を呼び出し、言いました。

「お父さんが危ないみたいだから、
これから一緒に病院に連れて行く」

と。

私は訳も分からず体操服のまま
担任の先生の車に乗せられ、病院に連れて行かれました。

病院に着いて先生は言いました。
「どこの病室だ?」

父は何度か病院を移っておりましたし、
その病院に移って来てからは
私は一度もお見舞いに来ていなかったのです。

「わかりません」
と答えた私に、先生は驚いた顔をしていました。

そこで初めて
「そうか、普通は親が入院したらお見舞いに行くんだ」
と思いました。

先生が帰り、父の病室に入ると
父はたくさんの管が繋がれている状態でベッドに横たわり、
母はその横で涙を流していたような気がします。

そこまでの状況になって初めて
本当に、
本当に父は死んでしまうんではないか

と思いました。

父の病気が良くならないかもしれないこと、
そんなことは以前から知っていたのに、
どうして今になるまで私は逃げていたのか。

母は毎日のようにお見舞いに行っていたのに。
どうして私は行かなかったのか。

こんな取り返しのつかない状況に至るまで
逃げ続けることができたのか。


自分の薄情さに絶望しました。
何もかもが遅すぎる。

父は機械でやっと生かされているような
機械によって呼吸を強いられているような
そんな状態でした。

目も半開きで、
たまに濡れたガーゼを当ててあげたような気がします。

たしかその後、
お医者様が心臓マッサージなどをしてくれましたが
結局容体が回復することはなく
息を引き取りました。

亡くなった父の身体をタオルで拭いてあげました。
父は動きません。

あんなにこわいと思っていた父が
大きな手で私の手を引いてくれた父が
本当は私のことがだいすきだった父が

もう動きません。

その日は起きたこともないような深夜の時間まで
葬儀の話や今後の話を母と一緒に聞きました。

葬儀には本当に多くの人が来ました。
私の友人や部活の仲間も来ていました。

私の小学校の時の先生も来てくれ、
2人の先生が私の手を握り
「大変だったね、頑張ってね」
と言ってくれました。

2人の先生の手は温かく、
自然とたくさんの涙が溢れたことを覚えています。

棺桶の中の父に触れた時、
氷のように冷たくて驚きました。

その後のことはあまり覚えていませんが、
数日学校を休んだ後、登校した時には
友だちがみんな優しかったような気がします。

中学生なりに皆一生懸命私に気を遣ってくれていました。

この時から、私は大人たちから
「お父さんが亡くなったつまみちゃん」
と認識されていきます。

「つまみちゃん・・・?」
「ほら、最近お父さんが亡くなった」
「あー!あのつまみちゃん!」

こんな会話を目の前でされることもありました。

大勢の大人たちの輪に入らないといけない場面の時には
先生に
「最近お父さんが亡くなったつまみちゃんよ!」
と大声で紹介されたこともありました。

なんと心ない大人たちなんでしょう。(笑)

その時から
私はずっと思っていることがあります。

私はかわいそうなんかじゃない
と。

4e2e61581eb07a490910af7671091d7c_s.jpg

父が亡くなって15年くらい経ちますが
父のことを想わなかった日はありません。

中学校を卒業した私を
志望した高校を合格した私を
高校の制服を着た私を

美容学校の忙しさに慌てふためいていた私を
念願の美容師になる夢を叶えた私を

美容師が辛くて逃げ出した私を
今の旦那ちゃんとの同棲生活が辛くなり実家に泣きついた私を

新しい仕事を生き生きとする私を
気付いたら精神がぼろぼろになっていた私を
うつ病という病気を患った私を

結婚を決めた彼氏を家に連れて行った私を
結婚式でウエディングドレスを着た私を

私の生きていく姿をパパに見てほしかった
とどれだけ思ったか。


488319acf491d490fb6febe3fc2083df_s.jpg

今でも父の夢をよく見ます

ワンワン泣きわめいている私を
父が抱きしめてくれる
そんな夢を何度も見ました。

きっと今でも近くで見てくれているんだろうな、
そんなことを思います

もうそんなことを思うことしかできません。
父はもういないから。

生きていたら、なんて数え切れない程考えました。
しかし父はもういません。

どんな願いも叶いません。
もういないから。

しかしこれは悲劇でもなければ
私は被害者でもありません。


人は全員死にます。
親が先に亡くなることは尚更当然のことなのです。

遺された私はその事実を抱えたまま
これからも生きないといけないのです。

悲しいけど、寂しいけど、後悔なんて数え切れないけど、
全部仕方がないことなのです。

子どもを亡くした、
というのであればまたきっと違った感情になるのだと思います。

私の場合は、
生きている内に何もできなかった自分が悪いので
この事実を抱えたままこれからも生きるしかありません。

かわいそうなんかではないのです。

かわいそうだ、と言われるのも思われるのも
とても悲しい気持ちになります。

まるで蚊帳の外から同情の目を向けられているような
私には関係ないけどあの人は可哀想、と分けられているような
そんな感覚に私はなりました。

どんな人だって、かわいそうな人なんていない
と私は思います。

うつ病を患った私も
病気を患った人も
障害を持って生まれた人も
人より何かが劣る人も

かわいそうなんかじゃないと思います。

かわいそうなんてどの立場から言えるんだ
と思います。

気軽に発していい言葉ではないのです。
発せられた人の気持ちを考えたら言えないはずです。

きっとそこに優しさなんてないのでしょう。

b930922c08535e97cba899ac9c7fe6be_s.jpg

父はよく小説を書いていたそうです
私が文章を書くのが好きになったのも
父の遺伝なんだと思います

そんな受け継いだ大切な遺伝を
私はブログという形で活かしていこうと思いますので、
これからもどうぞよろしくお願い致します

ここまでお読みいただきまして、
誠にありがとうございます

ブログを始めたきっかけを書いた
こんな記事もございます

書くということ

家族を想うあまり、伝えるのが難しいということを書かせていただいた
こんな記事もございます

あなた様に頼らないのには、こんな理由がある!?

コメント大歓迎ですので
お気軽にどうぞ

コメントについて☆

全ての人に当てはまるわけではありませんが、
少しでも、ほんの少しでも
あなた様のお役に立ちますように

読んでくださり、ありがとうございました。

ここってどんなブログなの???

***

こちらにランキング登録をさせていただいております
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ
にほんブログ村


うつ病ランキング


posted by つまみ at 19:42| Comment(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。