2018年09月13日

助けたい人がいる人に「してほしいこと」


平成最後の夏が終わりました。
皆様いかがお過ごしでしたでしょうかどうもこんにちは

我が家の愛亀ちょこさんは少し大きくなり、
ゲージの柵に手が届くようになりました

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ドヤ顔のカメラ目線です

私自身はいろいろなことに対して
気力があったりなかったりして

背負うものが少ない今の状況を退屈に感じたり、
逆に何もかもに悲観的になったり、
良くも悪くも安定しません。

よくうつちゃんの言う「安定しない」とはどういう状態なのか
考えてみました

あくまで私の場合ですが、段階があるように思います。
ざっくりこんなかんじでしょうか



、死に関することが頭の中を埋め尽くし、気力どうこう以前の問題

、やりたいことなんて何もなく、ただ無気力でしかいられない

、やりたいことはいくつかあるけれど、ただなんとなくできない

、気力があり、「やりたいこと」ならできる

、気力があり、「やっておいた方がいいこと」にも手を付けられる

、気力があり、「やらなきゃいけないこと」もできる




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ここ1週間くらいでいうと私の場合は
を行ったり来たりしているかんじです。

愛亀ちょこさんのご飯を用意することはできるけれど、
自分自身のご飯を作ることはできない。

お風呂に入ることはできるけれど、
洗い物や洗濯物はできない。

友だち同士の集まりには行けないけれど、
旦那ちゃんを駅まで迎えに行くことはできる。

精神疾患などがない方からしたら
「どうして?」と思われるかもしれません。


あれはできるのにどうしてこれはできないの?
この前できていたからできるんじゃないの?
やりたいことしかやらないなんてずるい。

いろいろ思われるかもしれません。

どうしてかと言われると、
「うつ病だから」という答えになります。

「うつ病だから」を少し紐解いてみますと、
うつ病という病気の症状の1つに
気力が湧かない、というものがあります。

どうして気力が湧かないのかというと、
脳の伝達物質に異常を来しているからです。

「うつ病」は「心の風邪」
なんて表現されることがありますが、
実際にはそんな曖昧なものではなく、
しっかりと身体に異常が出ます。

その異常の1つが「気力が湧かない」というものになります。

ですから正直、
「どうして?」なんて愚問です。


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愚問というのは言い過ぎました

私の周りには優しい人ばかりで、
喜ばしいことに私を助けたいと言ってくれる人がいます。

なにかあったら話して
辛くなったら言って

そんな風に頼らせてもらえる存在があります。

この記事を読んでくださっている方の中にも、
誰か大切な人を助けたいという想いをお持ちの方もいらっしゃるかと思います。

私自身も、もし私が健康で誰か大切な人がうつ病だったなら、
迷わず助けたい、自分にできることがあったら教えてほしい、
そんな風に思うと思います。

そんな方が先述した「どうして?」を発してしまうのはやっぱり愚問だと思うのです。

愚問とはなんてこと言うんだこら
わからないんだから仕方ないだろう


なんて思われた方、
ちょっと私の話を聞いて下さいすみません

まず「助けたい」なら「知る」ことから始めるのがいいのかな
と私は思うのです。

そしてその大前提として「知らないということを知ること」も大切です。
(以前に書かせて頂いたこんな記事もございます
無知の知】)

助けたいと言った人が先述した「どうして?」を発することは、
こんな有名な症状の1つも知らずに「助けたい」と思ったこと、
ましてや「力になれるかもしれない」と思ったこと、
それはうつ病に対する認識が甘すぎると思います。

話を聞けば気分が楽になると思っていませんか。

数回話したくらいで
脳内の伝達物質がどうにかなるでしょうか。
なりませんよね。

病人という意識をしっかり持って考えてみてはどうでしょうか。
そうしたらまず「してあげられること」はなんでしょうか。

病気について調べることではないでしょうか。

情報は今やそこら中に転がっています。
インターネットや本、うつ病を題材にした映画すらあります。

知った上で接してみると
何気ない一言の意味が理解できたり、
行動の理由がわかったりすると思います。

話を聞いてくれるのも、側にいてくれるのも、
本当に本当にありがたいことだと私は周りの人に対して感じています。

しかし残念ながら、
優しさだけで解決することではないのです。

元気がない人に何をしてあげよう、
自分だったらどうしてもらうのが嬉しいだろう、

そう考えるのも立派な優しさであり、善意であるのは確かです。
でも、そうじゃないことを認識してあげるといいんだと思います。

救いたいと思っているのは病人なんだ、
と考えると優しさも善意も弱い気がしませんか。

まずは知識だと思いませんか。

少しでも知識を持った上で
必要な優しさはどんなものなのか、
どんな善意なら元気に近付く手助けができるのか、
考えてみるときっといいんだと思います。

「話を聞く」
「力になる」

そんなことは誰にでも言えますから。
口で言うのはすごく簡単ですから。

しかし勉強して知識を身に付けるというのは
簡単ではなく、手間も時間もかかります。

それを誰かのためにできるのか、
「やってみよう」と思える方はきっと
大切な人の力になれる本当に優しい人なんだろうなと思います


でも、ここまでこの文章を読んでくださっているだけでも
誰かのことを大切に想っているからなのかなぁなんて私は思います

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最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

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全ての方に当てはまるわけではありませんが、
少しでも、ほんの少しでも
あなた様のお役に立ちますように

読んでくださり
本当に本当に、ありがとうございました。


ラベル:うつ
posted by つまみ at 19:21| Comment(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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